龍馬とおりょうを結んだ神社 武信稲荷神社
2014-10-26
洛陽三十三所観音巡り、正運寺近くの武信(たけのぶ)稲荷神社に
立ち寄ってみます。
このあたりは幕末の出来事の舞台ともなった場所で、
武信稲荷神社は坂本龍馬とおりょうゆかりの地です。
まずは本殿にお参り。
武信稲荷神社は、平安時代この近くにあった藤原氏の学問所勧学院と
医療施設延命院の守護社として、貞観元年(859)右大臣藤原良相によって
創建されたと伝わる古社です。
本殿左手に見えるのがこの神社のご神木の榎(えのき)で、
平重盛が安芸宮島の厳島神社から苗木を移植したという伝承があります。
樹齢850年といわれ、この地が壬生(水生・みぶ)と呼ばれるように
かつては地下水が高かったそうです。
市街地にこのような大木があるのは貴重で、京都市の天然記念物に
指定されています。
坂本龍馬と妻おりょう
神社の南に幕府直轄の六角獄舎という牢獄があり
幕末、勤王の志士が多数収容されていた。
坂本龍馬の妻おりょうの父が勤王家の医師であったため
捕らえられていた。
龍馬とおりょうは面会を試みたが叶わず、龍馬も狙われる身であり
そのためこの榎の上から様子を探ったという。
その後、龍馬は身を隠すこととなる。
龍馬の身を案じるおりょうが武信稲荷の榎をふと思い出し訪れてみると
『龍』の字が彫ってあった。
龍馬が京都にいることを知ったおりょう。
その後ふたりは再び出会えたという。
そのようなことが記してあります。
このことから、縁結びの祈願に訪れる人が多いそうです。
この榎にまつわるもう一つのびっくり。
これです!
平成25年8月に折れて落下した大枝が
チェーンソーアート世界チャンピオンの城所ケイジ氏により
龍の姿に生まれ変わったものだそうです。
神職さんにお伺いしたところ、折れたのは、本殿上に見えるこの部分。
巨大な龍の彫刻ですが、実際に折れた部分は十数メートルもあったそうです。
城所氏は枝を見た瞬間に、内に潜む龍の姿を感じたそう。
さらにびっくりなのは、龍の腹部にある炎のような稲荷神社の神紋。
これはチェーンソーで作ったわけではなく、もともとそこにあったそうです。
参拝記念に御朱印をいただきました。